平成回顧シリーズ 平成5年編。

  • 2019.02.28 Thursday
  • 20:36


皆さんこんにちは、代表の吉田です。

今日も当ブログをご覧いただきまして、誠にありがとうござい

ます。



今日はすっかり残業。

しかしながら、やりたいことをすべて終えることができた。



さて、タイトルの件。

平成5年。

この年は、今振り返るとターニングポイントだったように思う

のです。



春先から引越しのアルバイトを始めて、正社員登用のお話もあ

ったが、当時は全く興味がなかった。まだ一つの会社に縛られ

たくなかったのだ。



ある程度の資金ができたので、書店で購入した気学風水の本の

内容を実践してみた。

人生で初めて祐気取り旅行に行った。

最初は群馬方面。次は岩手県の宮古へ。



このようなことで、運命が好転するとは夢にも思っていなかっ

たが、独り身の気軽さもあった。



季節は秋だったと思う。

今は亡き、叔父が遊びに来てくれたことがあった。

とても可愛がってもらった記憶がある。



腕時計を見に行きたいから、クルマに乗せていってくれ、との

ことで、実家のクルマを運転して、叔父と二人で出掛けた。

叔父は運転ができないのだ。



中古でいい、というのでアメ商百貨へクルマを走らせていると、

信号が赤に変わり、クルマを停めた。その時、叔父が「大金を

動かすような男になって欲しい」と呟くように言った。



ふと以前、ある女性占い師に観てもらった時のことを思い出し

た。曰く「あなたは不動産にだけ強い星がひとつ入っている」

と。



外は雨が降っていた。

信号が青に変わり、フロントガラスの視界がワイパーで綺麗に

なった瞬間、点と点が結びついて線になった。

自分の進むべき道が、はっきりと定まった瞬間だった。



あの時、あのタイミングで、何故、叔父は、あの一言を言って

くれたのだろうか。不思議であると同時に、ただただ感謝の気

持ちしかない。



運命の扉が開き始めた。

次回は、平成6年編を投稿予定です。

平成回顧シリーズ 平成4年編。

  • 2019.02.26 Tuesday
  • 18:37


皆さんこんにちは、代表の吉田です。

今日も当ブログをご覧いただきまして、誠にありがとうござい

ます。



今日は天気が良かったので、現場を回って写真撮影を行った。



さて、タイトルの件。

平成4年。

この年の夏、郷里へ戻る決断を下した。せっかく希望して入学

した大学も休学ではなく中退という形をとった。先々のことを

考えると、どこかでピリオドを打つ必要があった。



都会の水は、どうも肌に合わなかったようだ。



実家では、生まれたばかりの子犬が飼われていて、癒された。

でも、これから、どうするか・・・。



時間だけを持て余し、ただ何となく生きているような、夢も希

望も持てない時期が続いていて、全くの無力だった。



幸い、実家暮らしだったので、なにがしか食べるものがあって、

日々の余計なストレスがなくて助かった。



この年の冬は、雪が深々と降り続いた記憶がある。

降り続く雪が、世界を静寂にするように、世間との関わりを絶っ

ていた時期だった。



次回は、平成5年編を投稿予定です。

平成回顧シリーズ 平成3年編。

  • 2019.02.24 Sunday
  • 18:06


皆さんこんにちは、代表の吉田です。

今日も当ブログをご覧いただきまして、誠にありがとうござい

ます。



今日は春のような陽ざしが降り注ぎ、暖かい一日となった。

風もなく穏やか。



さて、タイトルの件。

平成3年。

この年は、医師の勧めもあり「生活の発見会」へ参加するよう

になった年だった。



同じように神経症となった諸先輩方のお話を伺ったり、自分が

今悩んでいることなどを公民館等の場所を借りて、座談会形式

で話し合う、アットホームな会だった。



年配の方でも過去に悩んだ経験があり、そのような方々からの

アドバイスを聞いていると、自分の悩みがちっぽけなもののよ

うに感じることがあった。処方されていた薬も徐々に効果が現

れ始め、少しづつではあったが、症状が快方に向かっていた。



やがて、アルバイトに明け暮れるようになり、昼はカフェバー

、夜はコンビニでバイトに励んだ。



当時はカフェバーが流行っていて、昼は喫茶店、夜はバーにな

るのだった。百貨店の飲食店街の一角にあり、映画館と書店に

隣接するカウンターだけの小さな店だったが、繁盛していた。



この昼のバイトは、時給が良かったのと必ずまかないが付くの

で、空腹を満たすことができて助かっていた。

何がいいか聞かれると、決まってカレーをお願いしたものだ。



昼のメニューは、カレーセット、パスタセット、グラタンセッ

ト、ピラフセットがあり、サラダと飲み物が付いて¥780円。



パスタは、ボンゴレ、ペスカトーレ、カレーソースがあり、グ

ラタンは、パングラタン、スパゲッティグラタン、ドリアから

選ぶことができた。



その他、ケーキセットは、オールドファッション、クグロフ、

リンツァトルテ、シフォンケーキがあった。



夜のメニューになると、ソーセージ盛り合わせ、チーズ盛り合

わせ、ほうれん草バターソテー、ミックスナッツなど。

よく冷えた瓶ビールとウィスキーのボトルが並ぶ。



沖縄出身の店長さんには、いろいろと面倒をみて頂いた。

今、どうしているだろうか。



夜、遊びに行くと店長さんは決まって、カウンターの隅に座っ

て、一日の疲れを癒していたようだ。少々お酒も入り常連客と

よく話をしていた。



コンビニのバイトも、売れ残った弁当など好きな商品を持ち帰

ることができて空腹を満たすことができた。

一度に何種類も勧められたことがあったが、断る勇気も持てる

自分に変わることができつつある、そんな時期でした。



雨の日も風の吹く日も、赤い自転車が活躍していた。



次回は、平成4年編を投稿予定です。



平成回顧シリーズ 平成2年編。

  • 2019.02.21 Thursday
  • 18:52


皆さんこんにちは、代表の吉田です。

今日も当ブログをご覧いただきまして、誠にありがとうござい

ます。



2月は時の流れが早く感じる。

今日は一日、事務処理に時間を充てた。



さて、タイトルの件。

平成2年。この年はバブル絶頂期だったのだが、個人的には

人生の暗黒期だったように思う。



若い時にありがちな苦悩と一人暮らしの甘えから、すっかり

引きこもってしまった。昼夜逆転する生活が日常化し、人の

視線がとても気になっていた。



指先が震えるのを人に見られるのが恥ずかしく、外に出るの

が億劫だった。



書痙(しょけい)という神経症の症状が出ていた。

自律訓練法の本を読んでみたり、ヨガなど実践してみたが、

どれも長続きしなかった。



床屋へも行かなかったから、髪が長くなった。

当時は、とても痩せていた。



もうかれこれ3日間ぐらい何も食べなかった時もあった。

大学の友人が、心配してアパートを訪ねて来てくれたこと

があった。



あの時、友人が買ってきてくれたメンチカツで命がつなげ

たような気がした。



この年の暮れになってくると、徐々に体調が良くなってき

たので、警備会社でアルバイトを始めた。

道路工事現場で旗を振っていたのだった。



ある日、休憩をしている作業員の一人に祖父そっくりな人

物がいるのに気付いた。

冬晴れの陽ざしを受けて、とてもいい表情をしていた。



その翌日、母方の祖父が亡くなったとの連絡があった。

突然の出来事だった。

あれは、きっと祖父が会いに来てくれたのだろうと思った。



後にも先にも、このような不思議な現象はなかった。


次回は平成3年編を投稿予定です。

平成回顧シリーズ 平成元年編。

  • 2019.02.18 Monday
  • 18:32


皆さんこんにちは、代表の吉田です。

今日も当ブログをご覧いただきまして、誠にありがとうござい

ます。



今日は午前中に調査。

昼食は、久しぶりに郡山市役所食堂へ。12時を少し回った時間

だったので、食堂内は混んでいてテーブルは相席覚悟。



食券売り場で、いつものポークカレーかカツカレーで迷っていた

ら、ビーフカレーも発見。今まであったかな、今年からの新メニ

ューだろうか、躊躇なくビーフカレーの食券を購入した。



大盛り、サラダ付きで¥670円。

カレールーがお皿からはみ出してしまいそうな大盛り感。

じっくり煮込んだであろう牛スジがいい味。



カレーライスは、家庭で食べるようなオーソドックスな味が一番

しっくりくる。



さて、タイトルの件。

平成を振り返るシリーズ。今回は平成元年編。



この年、初めて上京したのだった。

6帖一間のアパートを借りて、隣には大家さんが住んでいて、大家

さんの息子さんは同い年ぐらいで。



雨の日も風の日も自転車で移動をしていた、あの頃。

大家さんの息子さんは、初心者マークを貼った黒い新車のBMWに

乗っていた。



上京して初めて、格差というものを目の当たりにした出来事だった。

それまで、いかに親の庇護の下、暮らしていたか、少しだけ理解で

きた。



当時のアパートは、共用廊下に洗濯機を置いていたが、自分の場所に

だけ洗濯機がなく(手洗いをしていた)、ある日、大家さんから全自

動洗濯機を買ったから、二層式の洗濯機をあげる、と言われ・・。



情けなかったが、その提案を受け入れることにした。

季節は初夏で、手洗いも大変になって来ていた。



その後も、大家さんからベットをあげる、とか・・色々ありました。


木造2階建て6世帯の少々古いアパート。

名前はチェリーハイツ。

今はもうない。いろいろな思い出が詰まった部屋でした。



次回は、平成2年編を投稿予定です。

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